卒業おめでとうございます。卒業のこの日に諸君らに贈りたい言葉があります。英語です。“Blessing in disguise”という言葉です。Blessing というのは祝福です。disguiseというのは形を変えた、“Blessing in disguise”というのは形が変わった神様の祝福という言葉です。それは何か。それは人生でこれから皆が経験するかもしれない最悪の状況、例えば浪人、例えば失恋。そういう人生の厳しい状況において、どういう風に考えてほしいかということをお話ししたい。“Blessing in disguise”を日本語に訳すと不幸中の幸い。それから災い転じて福となす。塞翁が馬怪我の功名。ピンチはチャンスという感じの言葉になるかと思います。

 この“Blessing in disguise”の語源は、18世紀の中頃のイギリスに遡ります。最も広く認められている最初に印刷された使用例は1746年に遡りますが、イングランドの作家であるJames Hervey(ジェームズ・ハーヴェイ、1714-1758)が書いた賛美歌(hymn)“Since all the downward tracts of time”の中で登場します。この賛美歌は、彼の代表作“Meditations and Contemplations”(『瞑想と黙想』1746年出版)の一部として収録され、特に “Reflections on a Flower-garden. In a letter to a lady”という章に含まれています。

 当該部分の原文は“Good when He gives, supremely good, Nor less when He denies;Ev’n crosses from His sovereign hand Are blessings in disguise.”というものです。この話を先ほど須磨学園でしました。そしたら理事長が何と言ったと思います?「お兄ちゃん、発音が下手ねと。」がくっとしまして。皆さんは今日の夜、夙川のホームページでちょっと読んで下さい。

 それで、神が与えるものは良くて、与えないものはそれも良い。つまり、神の下から来る試練さえも変装した祝福や祝福であるということであります。形を変えた神の祝福、一見辛いこと、一見悪いことでも結果は必ず良くなります。

 それは何か。その良くないことをどう捉え、どう行動するかという考え方が全てであります。お金はかかりません。考え方を変えれば済むということで。ですから、皆さんにお願いしたいことは、考え方を変えて、あらゆることを前向きに捉えて生き延びていこうではありませんか。

 この卒業式の日に、諸君らに今から世の中の荒海に漕ぎ出していく諸君らに贈りたい言葉はこの言葉です。さあ、頑張って世の中に出て行って、大学に出て行って、一人ひとりの方がなりたい自分を目指してご健闘されることを我々は心から願っております。

 卒業おめでとうございました。

2026年3月1日 学園長 西 和彦